自動的に再生される音楽リストをBGMに読書してたらジョン・レノンのイマジンが流れた。この曲を聞く度に昔音楽同好の後輩の子から聞かされた話を思い出す。
俺ですねえ、子供の頃にですねえ、何かの用事で親父に車で送ってもらってる時にラジオから流れたんすよ、この曲が。当時の俺なんでそう思ったか知らないけど親父が喜ぶと思って「イマジンいいね」って言ったんすよ。そしたら。え。むっちゃ険しい顔になって黙り込んだんすよ。子供心にああイマジンと暇人聞き間違えたんだと察してっすね
とここまで聞いた時に吹き出しそうになったけど人としてそれはどうかと思ったのでその時は「えーうそーそんなんあるかなー」と作り話疑うふりをした。今でもちょと疑ってる。
この話の裏には様々な深く考えてはいけない他人の家庭事情というものが含まれている。
・イマジンかかってんのに暇人と聞き間違える親父
・日常親父に気軽に声をかけることのできない微妙な親子関係
・そもそもイマジンという意味を親父は把握していたのか
・そもそもジョン・レノンという人物の存在を親父は把握していたのか
・そもそもラジオ流してるけど音楽が耳に入っていたのか上の空だったのではないか
・聞き前違えたのではなく素で険しい表情をしていたのではないか
などと、その後輩とはもう何十年も会ってないしどこでどういう人生を送っているのかはわからないけれど、その日からずっとイマジンを聞く度に余計なお世話的考察をしてしまうのであった。
寡黙な父親と息子。カーステのラジオから流れるイマジン。見てもいないその時の光景が過去に何度も浮かび、人生というのは平凡でありながら実はドラマチックでもあるなとそばのチワワ犬の耳毛を労わりながら思う夜。